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東京地方裁判所 昭和30年(モ)8117号 判決

債権者 岡建設工業株式会社

債務者 龍博仁

主文

当庁昭和三十年(ヨ)第三〇四五号自動車仮処分申請事件につき、当裁判所が同年六月四日別紙〈省略〉記載の自動車につきなした、仮処分決定は取り消す。

債権者の右仮処分申請は却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

事実

債権者は主文第一項の仮処分決定を認可するとの判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

別紙記載の自動車はオーブレイ・ハミルトン・ニユーランドの所有であり、債務者はこれを占有している。債権者はニユーランドに対し五十八万六千五百二十四円七十二銭の債権がある。そこで債権者は自己の前記金銭債権を保全するため、ニユーランドが債務者に対する所有権に基ずく本件自動車の引渡請求権を、代位行使して、債務者に対しその引渡を求めるのであるが、債務者は本件自動車の所在と占有名義を変更するおそれがあるから、債権者は右権利を保全するため当庁に対し、「本件自動車に対する債務者の占有を解いて債権者の委託した当庁執行吏にその保管を命ずる」という趣旨の仮処分を申請したところ、この申請が容れられて、主文第一項の決定がなされたのである。この仮処分決定は正当であり、なお維持の必要がある。

仮りに本件自動車は債務者主張のとおり、ニユーランドが債務者に売渡したものとするならば、この売買はニユウランドが日本から出国するに際し一切の財産を処分したおりになされたのであり、同人は債権者を害することを知りながらなしたのであるから、債権者はニユーウランドと債務者間の右売買の取消請求権がある。よつて債権者は右取消請求権を、被保全権利とする。

次に、債権者はニユーランドに対する前記金銭債権の執行保全のため当庁昭和二十九年(ヨ)第五四五四号仮差押申請事件の仮差押決定により、同年七月十三日本件自動車の仮差押登録をなし、右本案訴訟は同年十二月二十一日債権者勝訴の判決が言渡され、この判決は昭和三十年一月十一日確定した。そこで債権者は右確定判決に基ずき当庁に対し本件自動車に対する競売を申立て同年三月二十二日競売申立の登録がなされた。このようにして債権者のニユーランドに対する五十八万六千五百二十四円七十二銭の債権は、本件自動車登録簿に公示されているから、債権者は公示された右債権に基ずいて債務者に対し本件自動車の引渡しを求める権利がある。よつて右引渡請求権を被保全権利とする。〈立証省略〉

債務者は主文と同旨の判決を求め、その理由として、債務者は本件自動車をニユーランドから昭和二十九年六月三十日代金百万円をもつてかい、即日四十万円を売主に支払い、本件自動車の引渡しをうけ、残金六十万円は同年八月三十一日売主から右代金受領の権限を委任されていたエドワード・イー・クラークに支払つた。それ故代位訴権に基ずく本件仮処分申請は、被保全権利が存在しないものとして、決定を取り消すべきである。

債権者の主張する第二次、第三次の被保全権利に関して、次のように述べた。

第二次、第三次の被保全権利は、本件異議事件の口頭弁論において追加されたものである。元来仮処分決定に対する債務者の異議申立によつて開始される口頭弁論は、当該仮処分決定の当否を再判断する手続である。そこで債権者が、代位訴権を主張して本件仮処分決定をえておきながら、異議訴訟において第二次、第三次の理由を主張して既になされた決定の正当性を維持しようとすることは許されないのであり、しかも第一次の被保全権利と全く同一性がない第二次、第三次の被保全権利を主張する本件にあつては、これらについての判断をなすべきでない。仮りに右は理由がないとしても、債権者は昭和三十年五月三十一日頃本件自動車に対する監守保存命令の執行に着手しようとしたとき、本件自動車は既に債務者が買受けたものであることを知つたのであるから、第二次の主張は本件異議事件の口頭弁論において直ちになしえたにもかゝわらず、次回期日に口頭弁論が終結されることを看取するやにわかに主張したのであつて、このことは債権者が徒らに訴訟手続を遅延させ、債務者の苦痛を増大せしめようと企図したものであり、不適法である。

債務者は新聞公告によつて本件自動車が売物であることを知りこれを買受けたのであつて、債務者は売主ニユーランドが債権者若くはその他の者に対していくばくの債務があつたか、或いはまたニユーランドの財産が如何程あつたか等全く知らず、要するに債務者は善意で本件自動車を買受けたのである。

第三次の被保全権利について債権者がニユーランドに対するその主張の金銭債権にもとずき、本件自動車に対する仮差押、若くは競売申立がなされ、それらの事項が自動車登録原簿に登録されたからといつて、右債権の本質に何ら変化が生ずるものではない。ともあれ、債権者がニユーランドに対し、金銭債権があるからといつて、その債権によつて債務者に対し本件自動車の引渡しを求めうるものではない。以上いずれにしても本件仮処分決定は被保全権利が存在しないから、取り消すべきである。〈立証省略〉

理由

債権者がオーブレイ、ハミルトン、ニユーランドに対し、五十八万六千五百二十四円七十二銭の金銭債権を有することは、成立に争のない甲第一号証(判決謄本)によつて疏明される。次に証人エドワード・イー・クラークの証言によつて成立が認められる乙第一号証から第六号証と、同証人の証言並びに債務者本人の尋問の結果を綜合すれば、本件自動車はもと前記ニユーランドの所有であり、同人は近く英国へ帰るため(昭和二十九年七月上旬日本をはなれた)これを昭和二十九年六月三十日債務者に対し、代金百万円、この支払方法は同日四十万円を支払い、残金六十万円は同年八月三十日迄に売主の代理人クラークに支払うこと、若し買主が六十万円を支払わなかつたときは売主の代理人クラークは売買契約を解除して、本件自動車を引取ることができる、買主が六十万円を支払つたときは、本件自動車は完全に債務者の所有になる、という約趣のもとに売渡したこと、そうして右契約の成立した日に債務者は四十万円をニユーランドに支払い、ニユーランドから本件自動車の引渡しを受けたこと、債務者は残金六十万円を同年八月三十一日売主の代理人として代金受領の権限があるクラークに支払つたこと、等が疏明される。右事実によれば、本件自動車の所有権が売主から買主へ移転する時期は、特に買主が代金の残六十万円を支払つたとき、と定めたものというべく、従つて買主が右六十万円を支払つた昭和二十九年八月三十一日の前日までは、本件自動車の所有権はニユーランドにあつたものと解されるのである。

成立に争のない甲第二号証によれば債権者は本件自動車に対する仮差押申請をなし、当庁昭和二十九年(ヨ)第五四五四号事件として同年七月十三日仮差押の登録がなされたことが疏明される。ところでこの事実によれば債権者の本件自動車の所有権取得は、仮差押のなされた後であることが明らかである。而して仮差押の執行がなされたときは仮差押債務者がその目的物についてなす売買その他の処分が制限されるけれども、この制限に反してなされた処分行為であつても処分行為の当事者間においては有効と解するから、本件自動車について昭和二十九年六月三十日なされたニユーランドと債務者間の売買により、債務者は昭和二十九年八月三十一日に本件自動車の所有権を取得したものというべく、従つて本件自動車の所有権がニユーランドにあることを前提とする、債権者の被保全権利(代位訴権)は、いきおいその存在につき疏明がないといわざるをえない。

次に本件記録によれば、債権者は本件異議申立によつて開始された昭和三十年九月二十一日の口頭弁論(最終)において、新らしく二つの被保全権利を主張したことが明らがである。そこで右主張をなすことが果して債務者のいうように許されないものかどうか等の点について判断しよう。

異議申立てによつて開始される口頭弁論においては、当該保全命令の当否、換言すれば保全命令申請の当否、を決すべき一切の事項が審理範囲に属し、その事項は当該決定をした当時のものに限らず、判決に接着する最終の口頭弁論の時における事項をも含めて、これをなしうるものと解するから、債権者が本件口頭弁論において第二次、第三次のような主張をなし、仮処分の正当を維持することは何ら違法ではなく、また債権者が右二つの主張をなしたのは最終の口頭弁論期日である昭和三十年九月二十一日であることは記録によつて明らかであるが、右主張をなしたゝめ著しく訴訟手続きを遅滞せしめたとも思われないから、右に関する債務者の主張は理由がない。

よつて、進んで債権者取り消し権について判断しよう。債権者がニユーランドに対し五十八万六千五百二十四円七十二銭の債権を有すること及びニユーランドが本件自動車を昭和二十九年六月三十日代金百万円をもつて債務者へ譲渡したこと並びに右売買はニユーランドが英国へ帰るにつき財産処分としてなされたものであること等は既に説示したとおりである。ところで右事実を綜合して考えれば、ニユーランドは債権者を害することを知りながら本件自動車を債務者へ売却したものとみられないこともない。くりかえしていえば右売買は売主ニユーランドが債務者を害する意思をもつてなしたものと、一応認められる。

次に債務者本人の供述によれば、かつてニユーランドと債務者は中華民国大使館又は英国大使館の会合のおり顔を合わせたことはあるが、それとても互いに氏名は知らない程度であつたこと、偶々新聞公告によつて本件自動車が売物であることを知つた債務者が売主を訪ねてみたら、その人はかつて顔み知りの人物即ちニユーランドであり、両名の間で昭和二十九年六月三十日本件自動車の売買がなされたこと等が窺われる。右事実によつて考えれば、他に特段の事情が認められない本件にあつては、債務者は善意で本件自動車を買受けたものとみるべきであり、乙第一号証の記載内容からみて、右売買当時債務者はニユーランドが本国へ帰ることを知つていたものと推測されても、単にこの一事のみをもつて右認定を覆することはできない。そうすると債権者取り消し権を被保全権利とする仮処分申請は、これを認容することができる。

最後に金銭債権に基ずいて直接債務者に対し本件自動車の引渡を求めるという仮処分申請理由について判断するに、債権者が、ニユーランドに対する前記五十八万六千五百余円の債権の執行保全のため、本件自動車につき、昭和二十九年七月十三日仮差押の登録、同三十年三月二十二日強制競売申立の登録がなされたことは、成立に争いのない甲第二号証によつて疏明されるが、この事実があつても、債権者が債務者に対し右金銭債権に基いて直接本件自動車の引渡しを求める権利があるとは解されないから、右主張の被保全権利に基ずく仮処分申請は理由がないものとなさゞるを得ない。

上のとおり、いずれの被保全権利についても、その存在につき疏明がなく、保証をもつてこれにかえることも適当と考えられないから、被保全理由につき判断するまでもなく、既になされた仮処分決定を取り消して、仮処分申請を却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。

(裁判官 石橋三二)

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